盛岡地方裁判所 昭和44年(ワ)197号 判決 1970年5月15日
原告
三浦ミツエ
ほか六名
被告
松原運輸株式会社
主文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
(請求の趣旨及び原因)
請求の趣旨
一、被告は、
原告三浦ミツエに対し金六、八七〇、二九六円、
原告三浦清司に対し金三、三九七、九七七円、
原告三浦善司に対し金三、三九七、九七七円、
原告杉山保太郎に対し金四四五、〇九三円、
原告佐々木義則に対し金一八九、〇〇〇円、
原告佐藤裕子に対し金二〇〇、〇〇〇円、
原告佐藤良子に対し金八一、三四六円、
及び本訴状送達の翌日より完済するまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求める。
請求の原因
一、原告三浦ミツエは訴外三浦武夫(後記の如く被告のトラックと衝突して死亡した)の妻であり、原告三浦清司並びに同善司はその子である。
原告佐々木義則及び佐藤裕子は訴外武夫の運転する自動車に同乗していて、本件事故に因り傷害を負つたものである。
原告杉山保太郎は訴外杉山サト(訴外武夫の運転していた自動車に同乗し、本件事故に因つて死亡した)の長男である。
被告松原運輸株式会社は貨物運送を業とし、本件事故当時その使用人である訴外森山義正をして被告所有にかかる大型貨物自動車を運転せしめていたものである。
二、事故の状況は左の通りである。
(一) 事故発生日時 昭和四三年八月一一日午前五時四〇分頃
(二) 場所 岩手県紫波郡矢巾町字東徳田六の三一地先国道四号線上
(三) 訴外武夫の運転した自動車(以下原告車という)
普通乗用自動車、登録番号練5ほ一五七七
(四) 被告所有自動車(以下被告車という)
大型貨物自動車、運転者森山義正(以下訴外森山という)。
(五) 道路の状況と当時の天候
舗装部分の幅員約八米(片側約四米)、コンクリート舗装、事故地点付近は「く」の字形にカーブしている。
当時の天候は、小雨、但し時々にわか雨が降り路面はぬれていた。
(六) 同乗者と積荷の状況
原告者の同乗者 運転助手席に原告佐々木、その真後の席に原告佐藤裕子、運転席直後に訴外杉山サトが各同乗していた。
被告車には相当程度の冷凍魚類を積んでいた。
(七) 被害の程度
原告車は大破(甲第一号証参照)、訴外武夫並びに訴外サトは頭蓋底骨折に因り死亡。原告義則は頭部並びに顔面外傷・打撲、原告裕子は頭部亀裂骨折及び顔面並びに胸腹部打撲。
(八) 事故の状況
(1) 訴外武夫は昭和四三年八月一一日原告車を運転して前記国道上を盛岡市方面に向けて進行し、同日午前五時四〇分頃前記地先の国道上に差しかかつた際、反対方向より進行して来た被告保有にして、被告の使用人である訴外森山の運転する被告車と衝突したため、原告車は大破し前記の如き死傷を被つたのである。
事故現場付近は「く」の字形のカーブをなしている道路であり且つ当時は降雨でもあつたのであるから訴外森山は道路通行区分を厳守し、速度を減じて徐行し、特に該道路は片側幅員約四米に過ぎないのに被告車の車幅は約二米以上もある大型貨物自動車であるから対向車と安全に擦れちがつて交通出来るように道路の左側に寄つて走行し、事故の発生を未然に防止すべき義務があるものといわなければならない。
そうして、訴外森山が減速徐行し且つ対向車と安全に擦れちがつて交通できるように道路の左側に寄つて走行していたならば本件事故は防止できたのである。しかるに、訴外森山は道路中央付近を走行し且つ前方の注視を怠つて衝突させ因つて前記の如き死傷に至らしめたのであるから、被告は自動車損害賠償保障法第三条による運行供用者として原告等の後記損害を賠償すべき義務があることは多言をまたない。
(2) 原・被告車の衝突により、原告車の右側は被告車によつて押しつぶされている(甲第一号証の写真は死体搬出のため拡げられた状態である)。そうして、衝突直後、原告車の後続車(訴外野村昭雄運転-甲第二号証及同第三号証-以下訴外野村車という)が原告車の後部に追突し、訴外野村車の前部ナンバープレートが原告車の後部にメリ込んでしまつたのである。
三、原告等の損害
(一) 原告三浦ミツエ、同清司、同善司の損害
(1) 訴外武夫の喪失利益
訴外武夫は大正七年一〇月三日生れであるから事故当時の年令は四九才九ケ月である。同人は当時三陽工機株式会社(資本金二〇〇万円、農機具部品製造販売、従業員二五名)の取締役の職に在り、月収は月額金一〇〇、〇〇〇円であつて、その家計費(夫婦・子供二人の四人家庭)は月額金八五、〇〇〇円である。
よつて、訴外武夫の生活費を消費単位指数によつて計算すると次の通りである。
訴外武夫の生活費月額
消費単位 本人1.0 妻0.8 子(12才以上)0.5
<省略>
従つて,訴外武夫の1年間の純益は
(100,000円-30,400円)×12=835,200円である。
ところで、第一一回生命表によれば、四九才男子の平均余命は二二・三九年であるが、訴外武夫は前記の如く会社役員であつて、斯る職務の就労可能年数は一四年を相当とすべきであるから、訴外武夫の喪失利益を新ホフマン法によつて計算すると次の通りである。
835,200円×10,4094(系数)=8,693,931円
原告ミツエ、同清司、同善司は訴外武夫の死亡により、被告に対する右金員の請求権を相続した。
そうして、その相続分は民法第九〇〇条により、原告等各自金二、八九七、九七七円宛である。
(2) 原告ミツエが訴外武夫の葬式等に要した費用計金三七一、七二〇円(別紙明細書の通り)
(3) 慰謝料
一家の主柱である夫を、そして父親を突如として失つた原告等の悲痛は筆舌に尽し難いものがある。原告清司は帝京大学三年に、同善司は理科大学工学部一年に在学中であつて、学業半ばにして主柱たる父を失い、生計の途を絶たれた原告等はその前途暗たんとして日夜悲嘆に暮れるのみである。その精神的苦痛を慰謝するためには、原告ミツエに対し金二、〇〇〇、〇〇〇円原告清司並びに同善司に対し各金五〇〇、〇〇〇円宛の賠償を相当とすべきである。
(4) 原告ミツエが訴外野村昭雄に支払つた損害金
被告車の衝突に因り、原告車に後続していた訴外野村車が追突し因つて野村車が破損し、且つ訴外野村も負傷した。これに対し原告ミツエは同訴外人に次の通り支払をした。
(イ) 車両代 金二一〇、〇〇〇円
(ロ) 治療費 金一一、四〇五円
(ハ) 旅費雑費 金二九、一九四円
合計金二五〇、五九九円也
右は被告車の衝突に因つて生じた損害であるから、被告が之を負担すべき義務がある。
(5) 本件訴訟のため依頼した弁護士費用
本件の如き交通事故訴訟は弁護士に依頼して遂行するのを通常とし且つその費用は本件事故と相当因果関係にある費用というべきであるから、因つて生じた損害として被告が之を支払う義務があるものというべきである。
本件訴訟のため弁護士に支払いを約束した費用は左の通りである。
(イ) 着手金 一五〇、〇〇〇円(支払済)
(ロ) 報酬金 一、二〇〇、〇〇〇円
合計金 一、三五〇、〇〇〇円
そうして、右費用は原告ミツエの負担である。
以上これを要約すると
原告三浦ミツエの請求額は計金六、八七〇、二九六円
(イ) 訴外武夫の喪失利益相続額金二、八九七、九七七円
(ロ) 葬儀費用 金三七一、七二〇円
(ハ) 訴外野村に支払つた損失金金二五〇、五九九円
(ニ) 慰謝料 金二、〇〇〇、〇〇〇円
(ホ) 弁護士費用 金一、三五〇、〇〇〇円
原告清司並びに善司は各金三、三九七、九七七円
(イ) 訴外武夫の喪失利益相続額各金二、八九七、九七七円
(ロ) 慰謝料 各金五〇〇、〇〇〇円
(二) 原告杉山保太郎の損害
(1) 訴外杉山サトは、左の四男三女の母である。
長男原告保太郎、二女佐藤良子(原告裕子の母)、四女佐々木幸枝、六女海老名貴美子、三男杉山喜八郎、五男杉山幸男、六男杉山治臣。
そうして、訴外サトは女手一つで子女を養育して生計を立て一家の中心となつて物・心両面を支えていたのである。六〇余才に至りながらなお且つ農業に精を出し、旁々煎餅の製造販売を続けていたのである。この慈母を本件事故によつて失つた前記七名は物・心両面に大きな傷手を受けたのである。その精神的苦痛を慰謝するためには金三、〇〇〇、〇〇〇円を相当とすべきところ、原告(その他の兄第を含め)は自賠保険により同額を既に受領したので、これを請求しないこととする。
(2) 原告保太郎が訴外サトの葬儀のために支出した費用
計金四四五、〇九三円也(別紙明細書の通り)
(三) 原告佐々木義則の損害
(1) 負傷のため休職に因る喪失利益金三九、〇〇〇円也
原告義則は当時三陽工機株式会社の従業員であり、給与は日給であつたから休業日は無給となるのである。
そうして、原告義則の右会社における平均月収は金二万八千円である。しかるに、右原告は本件事故に因つて、昭和四三年八月一一日より同年九月三〇日迄休業せざるをえなかつた。原告は本件事故がなかりせば右期間中稼働し得たのであり、その間の収入は金三九、〇〇〇円を下らないのに、休業に因つて得べかりし収入を得られなかつた。
(2) 慰謝料
原告義則は本件事故に因る前記負傷を治療するため一一日間岩手医科大学付属病院に入院し、その後も治療に通院し、会社を休業するなど、その精神的苦痛は甚しいものがあつた。
よつて、右精神的苦痛に対する慰謝料は金一五〇、〇〇〇円を相当とすべきである。
(四) 原告佐藤裕子並びに原告佐藤良子の損害
(1) 原告裕子は本件事故に因る前記の負傷を治療するため岩手医科大学付属病院に十六日間入院し、そのうち十日間は絶対安静を必要とする病状であつた。その精神的苦痛は深刻である。その慰謝料は金二〇〇、〇〇〇円也を相当とすべきである。
(2) 原告佐藤良子は右裕子の扶養義務者として、右裕子の入院費を負担し並びに事故現場にかけつけたり又は病院に通うなどのため次の損害を被つた。
(イ) 原告裕子の入院費金一四、六一六円也
(ロ) 右裕子入院に伴う諸費用金六六、七三〇円也
計金八一、三四六円也
四、被告の態度
被告は上述の如き重大な事故を起し乍ち、原告等に対し一片の誠意すら示さない。よつて原告等はやむなく本訴を提起した次第である。
(答弁)
第一請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二請求の原因に対する答弁
第一項について
認める。
第二項について
(一)乃至(四)は認める。
(五)については調査の上答弁する。
(六)につき被告車に冷凍漁類が積載されていたことは認め、その余は不知。
(七)につき、原告車が破損したこと、訴外武夫及び同サトが死亡したこと及び原告義則、同裕子が傷害を負つたことは認め、訴外武夫、同サトの死亡原因及び原告義則、同裕子の傷病名、部位等は不知。
(八)について
(1)について、訴外武夫が原告主張の日時頃その主張の路上を原告車を運転して盛岡市方向に向け進向していたこと、被告車が当時反対方向より進行しつつあつたこと、被告車が被告保有であり、被告の使用人である訴外森山の運転するところであつたこと、原告車と被告車が衝突したこと、原告車が破損したこと、当時雨が降つていたこと等は認める。その余は争う。
(2)について、原、被告車の衝突により原告車が破損したことは認める。但し、その原因は後記の如く原告車の過失に基づくものである。その余は不知。
第三項について
(一)の(1)について
訴外武夫の生年月日、事故当時の年令及び第一一四生命表による四九才の男子の平均余命が二二・三九年であることは認める。
訴外武夫の職業、月収、家計費等は不知。
その余は争う。
(2)について
不知。
(3)について
争う。
(4)について
原告車に訴外野村車が後続していたこと、原告車に野村車が追突したこと、右追突により野村車が破損し、訴外野村が負傷したこと、右につき原告ミツエが野村に金員を支払つたことは不知。
その余は争う。
(5)について
本件訴訟のため、原告ミツエが原告代理人に着手金を支払い、且つ報酬金の支払を約束したことは不知。
その余は争う。
(二)の(1)について
訴外サトが原告保太郎等四男三女の母であることは認める。
原告らが自賠責保険により三〇〇万円を受領したことは不知。
その余は争う。
(2)について
不知。
(三)の(1)について
原告義則の職業、給与が日給であつたこと、休業日が無給となること、平均日給額、休業期間等は不知。
その余は争う
(2)について
原告義則が岩手医科大学病院に入院及び通院したことは認める。
その原因、期間、そのため休業したか否かは不知。
その余は争う。
(四)の(1)について
原告裕子が岩手医科大学に入院したこと、その原因、期間、病状は不知。
その余は争う。
(2)について
原告佐藤良子が原告裕子の扶養義務者であること、同人が右裕子の入院費を負担したことは不知。
その余は争う。
(五)について
争う。
被告の主張
本件事故発生の原因は原告側の一方的過失により発生したものであり、被告に何ら責任はない。
即ち、当時原告車は仙台市方面より盛岡市方向に向け北進しつつあつたものであるが、原告車の直前を同方向に進行しつつあつた訴外長井明夫の運転する車両、及び更に右長井の車両の前を同じく、同方向に向け進行しつつあつた訴外野村の車両等を各追抜きせんとして、センターラインを越え進行し、たまたま反対方向より自己の通路区分内を進行しつつあつた被告車に不注意にも衝突したものである。
右衝突の原因は原告車の追越不適当、センターラインオーバー及び前方不注意等の過失に基づくものである。
理由
昭和四三年八月一一日午前五時四〇分頃、岩手県紫波郡矢巾町字東徳田六の三一先の国道四号線において、三浦武夫(原告三浦ミツエの夫、原告三浦清司、同三浦善司の父)が運転して北進する普通乗用自動車(以下、原告車という)と、被告会社の従業員森山義正が運転して南進する被告会社所有の大型貨物自動車(以下、被告車という)とが正面衝突して、原告車を運転していた三浦武夫及びこれに同乗していた杉山サト(原告杉山保太郎の母)が死亡し、原告車に同乗していた原告佐々木義則及び原告佐藤裕子が負傷したことは、当事者間に争いがない。
〔証拠略〕によると、次のように認められる。
本件事故現場付近の国道四号線は、南方仙台方向から北方盛岡方面を見た場合、事故現場より南方は直線コースであり、事故現場のすぐ北方において斜め右にカーブしており、カーブの手前右側に樹木が茂つているため、カーブ地点に接近しなければカーブより先の見とおしがきかない状況にある。右道路は幅員約八・六米の平坦なアスフアルト舗装道路であり、事故当時は雨が降つていた。三浦武夫は、原告車を運転して国道四号線を北上していたが、事故直前に、前方を同じ方向に進んでいる野村昭雄運転の普通乗用車を追い越すべく道路中央線を越えて右側に出た。この時、カーブより手前には対向車はなく、野村の自動車の前に前車はなかつた。野村の自動車は時速約六〇粁で走行していたから、これを追い越す原告車の速度は少くとも時速七〇ないし八〇粁である。追越開始地点は、カーブより何米手前であるかは明らかでないが、カーブより手前で追越を完了する(完全に左側に戻る)ことができない程にカーブに接近していた所である(後記のように、カーブ直前でしかも中央線より右側で衝突していることから、右のように認められる)。原告車はその左側車輪が中央線あたりに位置する程度で右側を進行し、野村の自動車より数米前方に進んだ頃、野村の自動車の前方二〇ないし三〇米あたりに対向の被告車が接近していた。被告車は時速約五〇粁で中央線より右側(被告車からいえば左側)を走行していた。原告車の追越完了前、対向の被告車が右のように至近距離に接近していたため、原告車は中央線より左側に戻る余裕がなく、カーブ直前において、原告車の左側部分がわずかに中央線より左側に入つたところで、原告車の右前部と被告車の右前部が衝突した。この時、被告車は中央線より右側(被告車からいえば左側)にあつた。
以上のように認められる。原告佐々木義則の供述中右認定に反する部分は信用できない。なお、乙第一号証には若干の誤記があるけれども、その点は前認定の証拠とするに妨げとならない。
前認定によれば、本件事故は三浦武夫の無理な追越が唯一の原因であること明らかである。前方にカーブがあつて見とおしがきかないため対向車に対する安全確認ができないときは追越をしてはならないものである。また、前車が時速六〇粁で走行しているときは適法な追越は不可能である。しかるに、三浦武夫は、右の二点に違反して無理な追越をしたため本件事故をひき起したものである。被告車の運転者森山義正は適法な運転をしていたこと前認定のとおりであつて同人には何らの過失はない。また、本件事故現場付近のカーブが徐行すべき「まがりかど付近」に該当しないことは、〔証拠略〕によつて認められる道路の状況によつて明白であるから、森山には右カーブ付近において徐行すべき義務はない。更に、被告の過失の有無、被告車の構造上の欠陥または機能の障害の有無が本件事故と無関係であることも、前認定に照らして明らかである。
以上のように、本件事故は原告車の運転者三浦武夫の一方的過失が原因であつて、被告に責任はないから、本訴請求を棄却することとし、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石川良雄)
別紙 葬儀費用明細
(一)原告三浦ミツエが支出した訴外武夫の葬儀に要した費用
僧侶車代 2,000円
お布施 50,000
葬祭料 92,800
タクシー代 58,000
火葬場使用料 10,000
警察・病院等へのタクシー代 19,460
通信費 40,000
遺体引取料 32,649
食事代 64,051
文房具その他 2,760
合計 371,720
(二)原告杉山保太郎が支出した訴外サトの葬儀に要した費用
火葬場関係費 7,485円
位牌代 11,600
遺体搬送費 40,500
会葬者接待費 268,718
写真その他 32,790
諸雑費 84,000
合計 445,098